母の背中から聞こえてきた声です。
わたしは母を殺したくない。
じゃあ、お前が死になさい。
無言のメッセージを長年、わたしは受け取ってきました。
わたしも死にたくないよ。
お母さんはお母さんのままでいい。
だけど、少しだけわたしの前で立ち止まって。
立ち止まって何をするの?
何もしなくていい。
ただ、関心を寄せて。
そんなのつまらない。
わたしの趣味に付き合ってくれたら、時間をあげる。
わたしの講義を拝聴してくれたら、時間をあげる。
ただ、今日は何があった?どうだった?って、聞いてくれない?
だって、そんなの興味ないよ。
好きにしていいって、言ってるでしょう。
それはわたしに死ねっていってるんだよ。
お前なんかいらないっていってるんだよ。
全部丸ごとでなくていいから、違うところがあって、違う感じ方があっていいから、少しだけ寄り添って。
相談に乗って。
時間がないから駄目よ。わたしは忙しいの。
だって周り中問題だらけなんだもの。
あれもこれも、片付けなくっちゃいけないんだから。
合間には遊びたいし。
じゃあわたしのための時間はどこにあるの?
お前が他人に迷惑をかけたら、なんとかしなくちゃいけないわね。
でも、わたしはそんなことしたくないよ!
じゃあ、おとなしく自分のことをしていなさい。
わたしはもう、手一杯なんだから。
大変なのはわかってるよ。でもわたしも大変なんだよ?
それはお前の問題だから、自分でなんとかしなさい。
……異なる人間が、ただ相手がいるだけで嬉しいと思えることを、母は知らなかったのだと思います。
厄介者の亭主、問題児の兄、たくさんの生徒たち、趣味を共有する仲間や追随者。
ただその人がいるだけで嬉しいと思える相手を、生涯見つけられなかったのではないかと。
わたしは彼女を殺したくなく、わたしも殺されたくなかった。
友だちをつくるのは、趣味があうからとか、相性がいいからとかだけではなくて、相手が不思議な他人だから仲良くなりたいのです。
知らない世界と、知らない感性がわたしを惹きつけるのです。
最後まで、母には通じなかったけど。
そしてわたし自身も、最後まで母のどこかを否定していたけど。
それでも関係は作れたはずだと、最後まで、望んでいました。
でも、彼女はそういう在り方をとうとう知らずに逝きました。
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