「・・・昨日から、なんだかぼろぼろなんです。仕事していても、苦しくて悲しくてたまらなくなって・・・これって、四年半前の世界が壊れた感触と一緒の気がする。・・・あのときほど、ずたずたじゃないけど」
「実家の兄と会うとね、むちゃくちゃ緊張するの。無理に家族ごっこしてるみたいで。うそ臭くて。でも、もしかしたら、わたしが感じ取れないだけで、兄は、わたしのことを妹だと感じているのかなあって、気づいちゃった」
「わたしはね、兄個人には関心があるの。でも兄だと感じることはできない。兄はね、わたし個人には関心はない。でも妹への情はあるんじゃないかな・・・感じ取れないで、虚しくて淋しくなるのは、わたしのせいなのかなあ、って」
「親たちもね、わたしのことを子どもだと感じてたんだと、ようやくわかった。だけどね、わたしの方がわからないの。彼らが親だってことが。ネグレクトの半分以上は、わたし自身の問題なのかも、っていう気がしてきた」
「ドミノが倒れる感じ。見えていたものが一気にひっくり返る。でもね、どうしてもどうしても、わたしには感じ取れないの。そこにあるものが」
涙。
膝を抱えてうづくまる。
「苦しい。みぞおちの下がぎゅうってしまる」
『・・・何かしてほしいこと、ある? 背中をさすってみたりするのはどうかなあ』
「いや」
「絶対にいや!」
「だって、それで気持ちが治まるの、あんたの中の小さな子でしょ。
わたしじゃないよ。触らないでよ」
頭を抱え込んで小さく小さくうづくまる。
間。
「・・・だって、いなかったじゃない」
号泣。
「目が覚めてから、眠るまで、あんたたちどこにいたの。
どこにもいなかったじゃない。
わたしの前にいたのは、他人だけだよ。いまさら抱きしめたって、あんたたちには意味があるのかもしれないけど、わたしには何の価値もないよ。気持ち悪いだけだよ」
沈黙。
「・・・うらやましい」
「抱きしめられるのが気持ちいいって、感じられる人が羨ましい。
ぬいぐるみを抱くのが気持ちいいって感じられる人が羨ましい。
ぴったりとくっつくのが安心できるって、守られるって思える人が羨ましい」
「・・・わかんない」
『わかんないんだ』
「だって、他人はどんなに優しくたって他人なんだもん。完全には支えてくれない。距離があるよ」
『親に抱かれるのとは違うねえ』
「ちがう」
「でも、それ以上に近い関係しらない」
『なにか、してほしいこととか、言ってほしいこととかあるかなあ』
沈黙。
「・・・そこに、いて」
「ただ、そこにいて。無理に近付いてこないで」
「木や、風みたいに、他人のようにそこにいて」
長い沈黙。
「…お母さんだよって、言ってみて」
『お母さんだよ』
「もっと小さな声で!」
『お母さんだよ』
「いっぱい繰り返して」
「波の音みたいに。木霊みたいに」
繰り返し。
「(笑)全然、わからないけど、あなたがお母さんなんだ」
『わたしがお母さんだよ』
「わかんなくてもあなたがお母さんなんだ」
『わたしがお母さんだよ』
「お母さんってなんの役にもたたないね」
『でも、わたしがお母さんなの』
「・・・いいよ。でもわたしはそうは呼ばないよ」
『それでもわたしがお母さん』
「お母さんってしつこい(笑い)」
『そう、お母さんはしつこいの』
「なんでお母さんって言うの」
『だって、お前を生んだのはわたしだもの』
「・・・ああ、それはそうだ。……うん」
姿勢を変えて、もう一度目を閉じる。
「今度はにいちゃんだって、言って。もっと離れて」
『俺が兄ちゃんだ』
「嘘つけ!」
『でも俺が兄ちゃんだ」
「兄ちゃんって、なんだよ」
『先に生まれた者だ』
「…ああ、そっか。
そうなんだ」
拍子抜けして、目を開ける。
「木や草に名前があるようなもんだね。
あんたたちの名前が、お母さんとか兄ちゃんなんだ。それだけなんだ」
『俺たちは家族だ』
身体がこわばる。
肩が後ろに下がる。
「やめてよ!」
『わたしたちは家族だよ』
「気持ち悪い。やめてったら」
沈黙。
「…でも雲が集まって積乱雲とか、気圧が下がって台風とか。
なんか、圧力がかかった形のことなのかな。
…意味じゃない。形・・・・・・ただの、形。
雨が降ったり、崩れたり、ほどけたり・・・・・・変わっていく間の一定の形……」
「うん、あんたらの世界は要らないけど、わたしの世界には入れてあげる」
大笑い。
「なんか、よくね、やたらと公平な人だねってよく言われるんだけど、それってわたしと世界の間には、何にもないってことなんだね。
よけいな意味はいらないや。
それ、わかんないし。
気持ち悪いし。
わたしはわたしの見える形でしか、それぞれしかわからない。
でもなんて名乗っても、わたしの世界の中には誰でも入ってきていいや・・・・・・いれてあげようじゃないか(笑)」
「ずいぶん、すっきりしたところで生きてきたんだなあって、ちょっと思っちゃった。
取り残されたり、世界から置き去りにされた気がして、むちゃくちゃ苦しくなってたけど、既存の家族とか親子とか、その中で生まれる情だとかいうのは、やっぱりさっぱりわからないけど、木や花や、風とおなじような感覚でなら、わたしにも親とか家族とか感じられる……その方が気持ちいい」
「正しいものなんて、どうでもいいねえ。
前はそれで、自己否定してぐちゃぐちゃになっちゃったけど、同じくらい衝撃があっても、もう正しさいらないから。普通もいらないから。わたしにはわたししかないから。だから、もういいや」
一人でワークしてみました。
自問自答じゃなくてね。
目の前に郁ちゃんがいると思って、郁ちゃんの声を聞きながら。
おお、すっきりしたぞw
コメント