51.一人リコミワーク

「・・・昨日から、なんだかぼろぼろなんです。仕事していても、苦しくて悲しくてたまらなくなって・・・これって、四年半前の世界が壊れた感触と一緒の気がする。・・・あのときほど、ずたずたじゃないけど」

「実家の兄と会うとね、むちゃくちゃ緊張するの。無理に家族ごっこしてるみたいで。うそ臭くて。でも、もしかしたら、わたしが感じ取れないだけで、兄は、わたしのことを妹だと感じているのかなあって、気づいちゃった」

「わたしはね、兄個人には関心があるの。でも兄だと感じることはできない。兄はね、わたし個人には関心はない。でも妹への情はあるんじゃないかな・・・感じ取れないで、虚しくて淋しくなるのは、わたしのせいなのかなあ、って」

「親たちもね、わたしのことを子どもだと感じてたんだと、ようやくわかった。だけどね、わたしの方がわからないの。彼らが親だってことが。ネグレクトの半分以上は、わたし自身の問題なのかも、っていう気がしてきた」

「ドミノが倒れる感じ。見えていたものが一気にひっくり返る。でもね、どうしてもどうしても、わたしには感じ取れないの。そこにあるものが」

涙。
膝を抱えてうづくまる。

「苦しい。みぞおちの下がぎゅうってしまる」

『・・・何かしてほしいこと、ある? 背中をさすってみたりするのはどうかなあ』

「いや」
「絶対にいや!」

「だって、それで気持ちが治まるの、あんたの中の小さな子でしょ。
わたしじゃないよ。触らないでよ」

頭を抱え込んで小さく小さくうづくまる。

間。

「・・・だって、いなかったじゃない」

号泣。

「目が覚めてから、眠るまで、あんたたちどこにいたの。
どこにもいなかったじゃない。
わたしの前にいたのは、他人だけだよ。いまさら抱きしめたって、あんたたちには意味があるのかもしれないけど、わたしには何の価値もないよ。気持ち悪いだけだよ」

沈黙。

「・・・うらやましい」

「抱きしめられるのが気持ちいいって、感じられる人が羨ましい。
ぬいぐるみを抱くのが気持ちいいって感じられる人が羨ましい。
ぴったりとくっつくのが安心できるって、守られるって思える人が羨ましい」

「・・・わかんない」
『わかんないんだ』

「だって、他人はどんなに優しくたって他人なんだもん。完全には支えてくれない。距離があるよ」

『親に抱かれるのとは違うねえ』

「ちがう」
「でも、それ以上に近い関係しらない」

『なにか、してほしいこととか、言ってほしいこととかあるかなあ』

沈黙。

「・・・そこに、いて」
「ただ、そこにいて。無理に近付いてこないで」

「木や、風みたいに、他人のようにそこにいて」

長い沈黙。

「…お母さんだよって、言ってみて」
『お母さんだよ』
「もっと小さな声で!」
『お母さんだよ』
「いっぱい繰り返して」
「波の音みたいに。木霊みたいに」

繰り返し。

「(笑)全然、わからないけど、あなたがお母さんなんだ」
『わたしがお母さんだよ』

「わかんなくてもあなたがお母さんなんだ」
『わたしがお母さんだよ』

「お母さんってなんの役にもたたないね」
『でも、わたしがお母さんなの』

「・・・いいよ。でもわたしはそうは呼ばないよ」
『それでもわたしがお母さん』

「お母さんってしつこい(笑い)」
『そう、お母さんはしつこいの』

「なんでお母さんって言うの」
『だって、お前を生んだのはわたしだもの』

「・・・ああ、それはそうだ。……うん」

姿勢を変えて、もう一度目を閉じる。

「今度はにいちゃんだって、言って。もっと離れて」
『俺が兄ちゃんだ』

「嘘つけ!」
『でも俺が兄ちゃんだ」

「兄ちゃんって、なんだよ」
『先に生まれた者だ』

「…ああ、そっか。
そうなんだ」

拍子抜けして、目を開ける。

「木や草に名前があるようなもんだね。
あんたたちの名前が、お母さんとか兄ちゃんなんだ。それだけなんだ」

『俺たちは家族だ』

身体がこわばる。
肩が後ろに下がる。
「やめてよ!」

『わたしたちは家族だよ』

「気持ち悪い。やめてったら」

沈黙。

「…でも雲が集まって積乱雲とか、気圧が下がって台風とか。
なんか、圧力がかかった形のことなのかな。
…意味じゃない。形・・・・・・ただの、形。
雨が降ったり、崩れたり、ほどけたり・・・・・・変わっていく間の一定の形……」

「うん、あんたらの世界は要らないけど、わたしの世界には入れてあげる」

大笑い。

「なんか、よくね、やたらと公平な人だねってよく言われるんだけど、それってわたしと世界の間には、何にもないってことなんだね。
よけいな意味はいらないや。
それ、わかんないし。
気持ち悪いし。
わたしはわたしの見える形でしか、それぞれしかわからない。
でもなんて名乗っても、わたしの世界の中には誰でも入ってきていいや・・・・・・いれてあげようじゃないか(笑)」

「ずいぶん、すっきりしたところで生きてきたんだなあって、ちょっと思っちゃった。
取り残されたり、世界から置き去りにされた気がして、むちゃくちゃ苦しくなってたけど、既存の家族とか親子とか、その中で生まれる情だとかいうのは、やっぱりさっぱりわからないけど、木や花や、風とおなじような感覚でなら、わたしにも親とか家族とか感じられる……その方が気持ちいい」

「正しいものなんて、どうでもいいねえ。
前はそれで、自己否定してぐちゃぐちゃになっちゃったけど、同じくらい衝撃があっても、もう正しさいらないから。普通もいらないから。わたしにはわたししかないから。だから、もういいや」

一人でワークしてみました。
自問自答じゃなくてね。
目の前に郁ちゃんがいると思って、郁ちゃんの声を聞きながら。

おお、すっきりしたぞw

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