3.これもまた過ぎ去る。This too shall pass

11/2  父仮退院
正月   仮退院
2月   仮退院
3/30   退 院
翌3月  県外大学進学のため、家を出る。

暴力的な痴呆症の父親と暮らす日々。
母は、父親がかわいそうだから、としょっちゅう家に連れて帰る。
そのたびに酒を飲んで騒動がおきる。

記憶は5分と続かない。5分おきに繰り返される、
他人への呪詛。呪詛。呪詛。
誰かが自分を呪い殺そうとしていると叫びだす。
誰かが俺の金を取ったと恨み言を言う。

いきなり裸になって刃物を振り回す。
いきなり、だれそれに復讐してやると、外に出ようとする。
ご飯を食べたことをすぐに忘れる。

常に5分間の記憶。毎日繰り返される、間違った記憶の再生。
彼はしゃべり続ける。彼は叫び続ける。
そのたびに「そうじゃないよ」と正しい情報を伝え、「そうか」と、答えた5分後にはまた、呪詛が始まる。

脳の不可逆的な損傷(けして回復しない)について、母親は一切わたしに語らなかった。

わたしは治るかもしれない病人として、彼の相手を務めた。一年以上。優しくしようにも、しきれずに、自分を責め続けた。

痴呆症の老人と暮らす人の苦労を、わたしは知っている。
17歳で嫌というほど味わった。
高齢化社会が叫ばれるようになって、介護保険が始まって、少しずつ、社会の認識は変わってきているけれども、わたしには間に合わなかった。

今、辛さを訴えている中高年の人たちを見ると、時折叫びだしたくなる。そんなこと、わたしは思春期に体験したよ。その頃、あなたたちは、いったい何をしていたの? 
あなた方は大人でしょう。わたしは何も知らない子どもだったんだよ。
八つ当たりです、他人と比べることには意味がない。

悲惨な1年間だったけれども、もしかしたら、それまでの5年間の方がひどかったかもしれない。記憶があまりに飛んでしまっているので、比べられない。中・高時代の記憶は、家の中では数日分に凝縮されてしまっている。毎日同じ事が起きていたからか、恐怖のあまりか、わからないけれども。

わたしの中の父親のイメージは「スフィンクス」
眼前に立ちふさがり、解けない謎をかけては、わたしを殺す。

どうして俺を助けてくれないんだ?
俺はこんなに苦しんでいるのに、どうしてそんなに冷たいんだ?
お前は人でなしだ。

お父さん、あなたを救えるのは、あなた自身なんです。
わたしには救えません。
誰にもあなたを救うことなどできません。
けして彼を納得させることのできない答。
彼はわたしを責め続ける。

大学に入ってはじめて、静かな家を知った。
ものすごく安らかな気分を味わった。
もう、あの怒鳴り声を聞かなくていい、なんて幸せなんだろうと、心から思った。

ところで、ラスボスは誰なんだろう?
父親(恐怖)だろうか、
母親(愛着)だろうか、
答えが出る日を楽しみにしています

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