15歳になった猫のサンタがご飯を食べなくなりました。
5.2キロあった体重が現在は3.5キロ。
脱水症状と腎臓の数値が悪く、毎日病院で点滴を打って水分と栄養の補給をしています。
15歳。
寿命かしら、と家族みんなが諦めつつあったのですが、
ぐったりと横たわっていたサンタは、点滴をするとちょっと元気が戻ってきます。
苦しませるだけなら病院に行くのはやめようと家族で話していたけれど、サンタは点滴好きみたい。
点滴の後はお腹がすいたと訴えてきます。
でも食べない。
元々偏食な子で、人のご飯に一切興味を示さず、食べるのはドライフードとチュールとかつおぶしだけだったのだけど、最後の拠り所、チュールも食べなくなりました。
わたしは彼を見ていると、なぜだか胸の奥深いところでパタンと扉が閉まる感じがあります。
悲しいのにすりガラス一枚向こうな感じ。
でも体調悪化した子を病院に連れていくとき、愛おしさでいっぱいになります。
ほんの少しの機嫌の変化や体調の変化が、これまでになく響いてきます。
15年前。
彼は我が家の屋根裏で生まれ、母猫に置き去りにされました。
15年前。
わたしは母のネグレクトや父のアルコール依存をきっかけに、複雑性PTSDと鬱を発症し、日常生活もままならない状態でした。
彼を見ていると、幼いわたしが見えてきました。ネグレクトを思い出しました。
だから当時は近付くのが怖くて、
世話をするのは家族に任せて、
わたしは外側からそっと気配をうかがってきました。
でもこんなにも愛おしいのに、
どうして今でも止まってしまうのだろう。
今日専門家のサポートを受け、仲間のホールドを受け、接続が切れるその場所に繋がってみました。
繋がると、そこにはもろく繊細なクリスタルのような私がいました。
ああ、そういえば昔のわたしはそうだった。
何が起きてもパーンと壊れてしまいそうな。
うかつに触れたら壊れそうだったから、これまで近付かなかったんだね。
でももう、今は大丈夫だよ。
たくさんの涙と嘆きをホールドの中に安全に感じていたら、
かつてのわたしが、ずっと母にケアを要求しながらも権利のなさに怯えて怒っていたこと、
親を許せたときに、
ケアが必要だったという事実も自分の繊細さも忘れてしまったんだな、と腑に落ちました。
サンタの点滴に、かつて毎日世話をしていた父親の点滴を、知らず想起してストレスを感じていたこと、
悲しくても笑顔になるのが、母親をなんとか幸せにして(見返りをもらいたい)子どもの癖だったこと、
笑顔ガードで脆い内側を感じないようにしていたこと。
本当はわたし自身にサポートが必要だったこと。
今回もサンタよりも先に、わたし自身にサポートが必要だったのでした。
今日、サポートを求めて、受け取れて、満たされたら、サンタを見ても胸の奥から柔らかい想いがあふれるばかりになりました。
そうしたら。
サンタがシリンジから回復食を食べました。
まだ自力では食べないし、
腎臓が回復することはないだろうけれども、
いつものふてぶてしさが少し戻ってきました。
←これは以前のふくふくしかったサンタ。
おかえりサンタ。
おかえりわたし。
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