小猿の大冒険 2 セッション

 母はわたしが彼女を頼ることをひどく嫌った。助けを求めるとひどく拒絶した。子どもの世話をすることを放棄した。
 それは彼女自身の中に、求めても得られなかったインナーチャイルドがいるからなんだと思うけど、その子と話をしてみたいなあ。ありとあらゆるものを欲しくてたまらないのはわたし自身のインナーチャイルドでもあるけれど、きっと彼女の中にも同じ子どもがいる。その子と会ってみたい。

 子猿の声をカウンセラーロールの方に代弁してもらった。
「今すぐ欲しい。何もかも欲しい」

 わたしのお腹の中心に、バリバリに毛を逆立てて背を向ける親猿が現われた。
どんな声も、どんな願いも聞く気がない親猿。
自分の腹のうちをけして見せたくない、柔らかい腹を開けたくない親猿。

途方にくれた。
どんな語りかけも届かない徹底的な拒否。
母親との関係をセッションすると、いつも出てくる母からの拒絶。

その時、後頭部の子猿がするすると降りてきて、腹の中で親猿の背後から虱取りを始めた。
無心に、真剣に、淡々と。
そのうちに、親猿の気配がふっと緩んだ。
姿勢は変わらないけど、子猿の虱取りを受け入れていた。

「・・・親猿撫でてみようかなあ・・・」
本体のわたしがつぶやいた。
その途端、過去の記憶が暴れた。涙が溢れた。
「絶対に嫌。もう嫌。撫でたら、ギャーギャーうるさく纏わりついてもっと撫でろもっと撫でろって言うだけ。絶対に嫌」
バリバリに反発するわたし本体の前で、子猿は虱を取り続ける。永遠に取り続ける。

「なんで止めないんだよ! 欲しいのはあんたじゃないか。飢えて暴れるのはあんたじゃないか。我慢してきたのはあんたじゃないか。なんで止めないの!!」
泣きながら子猿に八つ当たりした。
子猿は虱を取り続ける。

ふっと天啓のように言葉が浮かんできた。
カウンセラーロールの方に声掛けをお願いした。
「今すぐあげたい。何もかもあげたい」

聞いた途端に理解出来た。
同じものだった。裏と表。わたし本体が今まで影に追いやってきたもの。
くれるものは何でももらう。あげられるものはなんでもあげる。
でも自分が欲しいだけもらおうとはけしてしない。
他人が望むだけあげようとはけしてしない。
自分にも他人にもケチなまま、あるものだけをやりくりしてきた。

「今すぐ欲しい。何もかも欲しい」
ずっと自分の中のこの声を否定してきた。母の中のこの声を否定してきた。
他人の中に見るこの声を嫌ってきた。
「今すぐあげたい。何もかもあげたい」
否定していたから差し出すことができなかった。自分にはめた枠以上には。
何かを望むことはいけないことだと思い込んでいた。
己のも他人のも。

同じものだった。
子猿は無心に虱を取り続ける。

子猿と親猿を一緒に掌に抱えてみた。
ふたつは溶け合って、仰向けに横たわって笑いかける赤ん坊に変わった。
あげればあげただけもっと求められると信じていたけど、穏やかで満ち足りた笑顔だった。

・・・多分、自らも飢えた親は子どもの「欲しい」という願いに答える力を持たない。
子どもから先に差し出して、はじめて親のガードが緩む。
でも「欲しい」という隠し玉を持ったままでいくら子どもが貢いでも、親はけして満足しない。もっともっとと求め続ける。

本気で「あげたい」気持ちが、飢え乾いた親の中のインナーチャイルドに届いたとき、自然にガードが緩んで親自身のインナーチャイルドが現われる。

子猿が、わたしの中で一番最初に飢え乾いて、その存在すらも忘れられていた赤ん坊の部分が、教えてくれました。
「欲しい」と言いたいのは、子猿を置き去りにした本体のわたし。
この子はただあげたかったのだと。最良のものを。
だから欲しがれという言葉掛けがちっとも響かなかったのだと。

それにしても長い長い時間を足首で耐え、頭の上まで行ってお腹に入って…なんて大冒険なんだろう。
偉いぞ、子猿。

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