21.母のストーリー

家族の目に映る彼女はドクロの内側。
世間の目に映る彼女は化粧した顔。

ふたつを結ぶ線がどこにもなくて、わたしは一生母をもてないままかもしれないと思っていた。

昨日、目覚めてふと考えたこと。

わたしはネグレクトを受けていたと思っていたけど、それはたしかに事実だけど、本当は山のような憎悪を貰っていたのかもしれない。

後ろに立つ母、間のわたし、目の前の育ての親。
焼け串でつきさされていて動けないと思っていたけど、彼女が突き刺していたのはわたしだけなのかもしれない。

兄が生まれたとき、彼女は「サルの子みたいで可愛くない」と思ったと言った。
わたしが生まれたとき、「なんて可愛い子だろう」と思ったと言った。
長男は男の子だから違って当たり前だけど、家族でたった一人の女の子。
頑固な父と、飲みに行くばかりで家に一銭もいれない夫。
やっと生まれた彼女の分身。彼女だけの宝物。

でもその子は取替えっ子(チェンジリング)になってしまった。
彼女のものだと思ったのに、どんどん他人の家に染まって、サルの子になっていった。

可愛さあまって憎さ百倍。

育ての親を「おばさん」と呼び、彼女を「二階のおばさん」と呼ぶ。
彼女に背を向けて、育ての親にしがみつく。
ぐずっては他人の家に泊まりこむ。

彼女はがんばる。
なんとかして自分の子を取り戻そうと。
他人の家にやるくらいなら、自分の血縁にやってしまえと「養女にいけ」と言う。

でも可愛いはずのあの子は戻らない。
どんどん、彼女の願いと違うサルの子になっていく。

彼女はそんなものは欲しくない。
彼女だけの子が欲しい。
彼女の分身が欲しい。

でもあの子は、「おばさん」を選ぶ。
いつも。

あの子は中学生になってやっと家に戻ってきた。
でもその頃はもう家はごたごた。
構っている暇はない。
あの子が彼女の面倒を見るときだけ、可愛いと思う。
背を向けられると、そんなサルの子は要らないと思う。
相談されても、手に負えないと思う。
要らない面は殺してしまおう。
そうしたら、可愛い彼女の子だけが残る。
彼女だけの子どもが残る。

あとの部分は消えてしまえばいい。

……

子どもを愛せない、子どもに関心がもてないという、いわゆるネグレクトとは違うものを貰ってきました。
母に背を向けたとき、母の気配は鬼のようでした。
でも虐待ではないのです。
傷つき、怒り、持て余した感情の塊が押し寄せてくるだけで、彼女は直接にはわたしを責めないのです。

母と同じ職にはつかないと言った時、彼女はパニックしながら無理強いしてきました。
「もうお偉いさんとの面接の約束を取っているんだから」
どんなに故郷に帰らない、同じ職にはつかない、別の資格を取りたいと言っても無視されました。

今なら、断れます。
当時は言いなりになってしまいました。

わたしは憎悪をもって育てられたのだと思います。
無関心ではなくて。

ただの無関心なら、もっと傷は浅かったはず。
もっと簡単に離脱できたはず。

頭のどこを探しても、母親の像を結べなかったのは、探すところを間違えていたから。
一対一の関係がないと思っていたのは、焦点を間違えていたから。

山盛りの憎悪があったのです。
でもそれは、果たせなかった愛情の裏返し。
それだけの強い思いをもらっていたのだと思います。

自分よりも他人に懐く子どもを愛することが彼女の課題だったのでしょう。
それはわたしの問題じゃない。

何も貰ってないと思っていたけど、わたしは、わたしに対する憎しみを貰っていたのだと思います。

憎しみでもいいのです。
わたしももう子どもではないから。
ちゃんと関わりがあったのだと思えたことが大事なのです。

本当は違うかもしれない。
でもわたしには納得できるストーリー。
たくさん間違えて、でも彼女なりに頑張った母親をようやく捕まることができたという気持ちが今はしています。

そしてこれを昇華するのがわたし自身の課題。

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